国際 ビジネス必携(入門編)

    元ITU事務総局長 内海善雄
 

 

「日経プレミアシリーズ「お辞儀」と「すり足」はなぜ笑われる」 より  
 
 

挨拶

 西欧では、アパートのエレベータで、隣人に会うと、小さい子供でも、「ボンジュール、サ・バー」と声をかけ、大人のこちらが戸惑うこともある。日本においても、ホテルに宿泊して、朝、西欧出身の外人に会うと、同様に「グッド・モーニング」と声をかけられたことがあるだろう。

 このような場合、日本人は、往々にして、横を向いていて黙っていたり、仲間と大声で話をしていたりすることが多いが、相手はどう思うであろうか。短い間であっても、ぎこちない、あるいは敵対した緊張関係ができる。

 しかし、逆に、相手より先に、こちらから声をかければ、どうなるだろうか。たとえそれ以上の会話がなくても、和やかな雰囲気になることは明らかだ。このちょっとした一声が、緊張した人間関係の多い西欧社会での生活の知恵である。 

  農業を中心として、一定の地域に定住し、お互いが顔見知りの日本社会では、挨拶の仕方があまり発達していない。一方、常に見ず知らずの人と接する機会の多い外国では、大いに発達しており、ぺこぺこお辞儀をすればすむ日本人は、奇異に思われたり、また、誤解を受けることが多い。

 人と人との人間関係は、挨拶でほぼ8割がたが決まってしまうと言っても過言ではない。 上司に対しては、それなりの敬意を払った挨拶の言葉や仕草になるし、部下や友人には、打ち解けた挨拶となる。そのときに使われる言葉や仕草は、自然と身につくものであるが、異文化の世界に入ると、その社会での習慣に従わなければ、とんでもない誤解や不利益を負うことになる。

 日本の習慣は、東アジア文化圏では、共通的なものがあってほぼ通用するが、西欧やアラブ圏では、まったく異質のものである。よく起きる間違いは、初対面の相手に対して、日本の習慣で挨拶するものだから、低く見られ、対等の関係を築くのに失敗することである。

お辞儀

 日本人はやたらとお辞儀をする。平常の挨拶で頭を下げてお辞儀をする国民は、エチオピア人など、世界には居ないわけではないが、ほとんどの国で、お辞儀は、君主に会ったりした時に行う最敬礼の挨拶である。そのときは、ゆっくり深々とお辞儀をするので、日本人のペコペコとするお辞儀は、世界では得意な習慣(奇習)であり、外国人が見ると滑稽に見える。したがって、映画などでは、この仕草を強調して日本人を嘲笑する際に使われる。

 あまりにもこの習慣になれた日本人が、外人と挨拶をするときに、まっすぐ相手を見ることは、大変難しい。誰でも、ついつい頭が下がるのであるが、堂々と胸を張り、右手を出して握手をするべきである。そのことが、その外国人と対等に付き合うことができる第一歩である。 

握手

 握手は、どんなところでも、あまり上下関係を考えることもなく行える挨拶である。たとえ、相手が国王であっても、握手が問題になることはまずない。私は、スペイン国王に謁見されたとき、どのように挨拶すべきか、国王のプロトコルに確かめたが、「握手してください」とのことであった。このように握手は、どこでも、誰とでも、一番無難な挨拶の方法である。

 しかし、例外がある。それは、イスラムの女性である。イスラム社会では、男性が妻以外の女性と接触することは、大変な問題である。イスラムの女性全員がベールをかぶっているわけではないので、トルコ、アルジェリア、チュニジアなどの西欧化されたイスラム社会では、その認識が弱くなってしまう。そのような国で、私は、彼女たちに、手を差し出したことが何度かあった。大げさに拒否はしなかったが、もじもじとされた。中には、握手して、イスラムであることを感じさせなかった女性もいたが、決して彼女たちを当惑させてはならない。

 問題は、握手をしたときの視線である。相手を暖かく笑顔で見つめることが大事だが、日本人は、たいていの場合、握手をしているときに、一緒にお辞儀をして、下を見る。この仕草が、外国人には、卑屈な日本人と見える場合が多い。胸を張って堂々と相手を見て握手をして初めて対等になれるのだ。この仕草を日本で実行すると、「あいつは何様と思っているのだ」と影口をたたかれるだろう。

 西欧人にもできない人が多いが、握手をして挨拶をした後、1-2秒はその人に視線を残さなければならない。この1秒が、千金に値する。一度でも、手を握りながら視線は他人にある人を経験すれば、このことが如何に大事なことがわか るだろう。多人数の人と挨拶をしなければならないとき、日本人は、ついつい他の人のことを思って、肝心の今挨拶をしている人から、視線を移しがちである。

 握手したときに交わす言葉も、そのときの関係を考え、適切なものが必要だ。日本でも、「ご苦労さん」と「お疲れさん」とが、大きな違いがあるように、Hi!  Good morning.  How do you do?    How are you?    It's good to see you. It's a great honour to see you.  など、同じ挨拶の言葉だが、それぞれ大きな違いがある。初対面でもないのに How do you do? といえば、相手は、自分のことを覚えていないのかと思うし、親しくもないのに Hi! と言えば、馬鹿にされたと思うであろう。私の経験では、It's good to see you. と言うのが一番無難で失敗がなく、あまり親しくないビジネスの間柄では、多くの人たちがこの言葉を使う。

 このように、たった2−3秒の間の握手で、それからの人間関係が大きく規定されてしまうことを肝に銘じて、慣れることが必要である。

 握手するときに、強く握り締めるべきだという誤った考えが、日本にはある。しかし、痛いほど強く握られるぐらい不快なことはない。タッチするだけでは誠意が通じないが、私は、ほどほどの強さではなく、ほどほどの弱さで手を握る方が良いと思う。

ハッギング

 握手は、初対面の人でも、また、親しい人とでも通用する挨拶であるが、本当に親しい相手とは、多くの国でハッギング(抱擁、アンバラスマン)を行う。特にラテン系国や、アラブ系の国では、この習慣が強い。もちろん異性とでも、はたまた男性同士でも行う。

 ヨーロッパの元首たちが、米国大統領とハッギングしている姿は、時々テレビで見る。これは、彼らが如何に米国大統領と親しく、また対等であるということを国民に示す大事なメッセージである。

 中曽根総理は、レーガン大統領と「ロン、ヤス」の関係だと当時強調されていた。また、私が知る限り、米国大統領と対等に渡り合った数少ない日本の首相であったが、ブッシュとハッギングしている場面がテレビで放映されたのを見たことはない。日本のテレビは、そんな場面を放映しないのかもしれないが、もし、ハッギングする仲であったのであれば、これは、本当に親しい関係であったと言える。

 ハッギングには、右、左と一回する場合と、右、左、右と1.5回する場合とがある。ヨーロッパでも南の方の人は、1.5回、北の方は、1回の場合が多いそうだが、彼らによるとそのときの気分であるとのこと。お互いの気分が同じであればうまくいくが、ちぐはぐの場合は、おかしくなる。彼らも、しょっちゅうちぐはぐを経験するそうである。

 日本人が、自ら進んでハッギングをすることは、稀であろうが、相手からハッギングをされそうになったとき、スマートにやりたいものである。特に、異性間では、なおさらである。

 ハッギングできる友達が多いほどその社会に溶け込んでいると言えるが、日本人が、無理をしてこちらからハッギングすることは、情けない行動である。もともとこのような習慣のないものが、 ぎこちなく卑屈な行動をとることは、絶対に避けるべきである。

別れの挨拶

 別れの挨拶は、会った時の最初の挨拶ほど重要ではないが、Good-bye や See you again だけでは、芸がない。週末に近ければ、 Have a nice weekend.!  バカンスが近ければ、 Bon Vacance などを、 なにかを挑戦している人には、 Good luck!  目上の人などへの挨拶に行ったときには、Thank you very much for receiving me. など、親しさや、お礼の気持ちなどを適切に表現して、初めて面会が終わるのである。また、別れの際にも握手やハッギングをする場合があるが、握手ができれば、その会合は、成功したと考えられるし、ハッギングをすれば、もう特別な関係だと思ってもいい。

 日本人は、特に外国の人に会うときに、何をお土産に持っていくか頭を悩ませる人が多いが、私は、むしろその人と、どのような言葉で挨拶をし、どのような言葉で別れるか事前によく吟味することも大変重要であると思う。

   

      

はじめに

1 基礎的なプロトコール

挨拶

レディーズ・ファースト

敬称

序列

上位席

座席配置

レセプション

ディナー

テーブル・プラン

ビジネス・レター

レセプションで成功 の秘訣

2 プレゼンテーションの基本

スピーチ

原稿作成の秘訣

アイ・コンタクト

パワーポイントの使い方

 国際会議出席

会議の種類

議事規則の基本

会議用語


会議 成功の秘訣

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