国際 ビジネス必携(入門編)

    元ITU事務総局長 内海善雄
 

 

「日経プレミアシリーズ「お辞儀」と「すり足」はなぜ笑われる」 より  
 
 

多数決とコンセンサス

 多くの国際会議では、多数決で意思決定がなされることが大前提になっている。ところが、それに相反するコンセンサス(全会一致)の原則なるものが存在する。ITUや、国連では、一国でも強く反対であれば、コンセンサスがないとして提案は採択されない場合が多く、むしろ、コンセンサス主義のほうが、現実の姿である。

 この矛盾するルールの、どちらが働くのかは、理解しなければ、会議がどのように意思決定をするのか分からない。一言で言えば、「皆が、コンセンサスが必要だと思えば、コンセンサス主義が採られ、多数決で決定すべきと考えれば多数決で決定される。」ということある。

 大事なことが、このように実にあいまいな基準でルールが決まることである。しあし、一般的には、手続き上の問題は多数決で決定されることが多く、実質的な中身のことはコンセンサス方式となることが多い。

また、議長の議事の采配にも大きく影響され、何でもかでもコンセンサス方式を取る議長がいて、議事が進まない場合も多々存在する。そのような場合、痺れを切らした代表は、ポイント・オブ・オーダーを出して、議長の会議運営方法を、変更させることが可能である。

 したがって、コンセンサスが得られるようにするために、どのような内容で妥協をするのか、また、反対者からどのような妥協を引き出させるかということが、会議の駆け引きとなり、代表団の作戦の第一歩となる。

 次に、妥協ができない場合には、多数決で勝てるかどうかを見極めなければならない。そのための票読みを行い、どのように議事を進め、どこで表決に持っていくと有利かということを判断する。いずれにしても、他国の動向を的確に把握し、議長と連携して進めなければ、勝てない。

 

顔役

 どの社会にも顔役とかリーダーがいるが、マルチの国際会議の顔役は、何十年も会議に出ている人であったり、また、外交団のリーダーであったり、会議ごと、案件ごとに異なる。定例的に開催される会議なら、会議が開催されたその日から誰がリーダーであるかすぐ分かる。また、一限的な会議であれば、二,三日もすれば、そのような人が現れてくる。

 ITUの例で言えば、どの会議にでも出席して会議をリードし、時には混乱させる人が、十数人いる。彼らは、多くの知識をもっている元ITUの職員であったり、あるいは、十年以上もITUの会議に出席している人たちである。

 情報社会サミットの準備過程では、長い過去の歴史があるITUとは異なり、誰もが初めての経験の準備過程であった。しかし、各種の準備会議に出席したジュネーブ在住の各国代表部の外交官たちの中で、よくしゃべり、全体的な意見を言う人が、自然とリーダーになり、地域の調整役になったり、地域代表になった。

 顔役たちは、あるときには、議長などの役職に選ばれて、公式に会議を仕切り、あるときは、議場からの発言を通じて、会議を仕切り、リードするので、嫌でも彼らの協力を得なければ、問題の解決が難しくなる。会議で成功するためには、顔役と仲良くなり、こちらの主張を理解してもらうことが、第一である。

 さらに、日本人が顔役にならなければ会議を本当にリードすることはできない。そのためには、マルチの交渉ができるベテランを養成することが、国にとっても、企業にとっても喫緊の課題である。

 

代弁者の確保、仲間に応援を求める

 マルチの国際会議は、上下関係ではなく、多数決で決定されるのが大原則である。また、一般的には、一国一票なので、小国であっても仲間が多ければ、大国に対抗することができる。マルチの会議は、まさに仲間つくりの作業である。

 語学力に弱い日本人は、自分の発言で、皆を説得し、仲間を作ることは、正直大変難しい。会議に不慣れなものは、なんでも自分でやらなければならないと思って、一所懸命努力する。しかし、何十年も同じ会議に出ているベテランから見れば、毎年交代する日本の代表は、どんなに努力しても、まったく取るに足らない相手である。

 そこで、自分の意見を代弁してくれるベテランがいると大変有利になる。誰が自分と利害を共通にするかいち早く発見し、特に雄弁な人と仲良くして、その人に自分の意見を代弁してもらうことに専念する方が、目的をより効果的に達成できることになる。誰かに発言してもらい、自分は、「賛成」とだけ言っていれば、苦労しなくとも、目的を果たせる。また、反対派の攻撃を受けることも少なく、レーバレッジの幅が大きくなる。

 このように狡猾に立ち振る舞うのが、マルチ会議の妙味である。

 

議長への根回し

  会議で、提案をおこなった場合、議長が、その事案に前向きであれば、セカンド(提案者以外の支持)がなくても、議長は即座に案件を取り上げることができる。議長のこの采配に異議をとなえることは、手続き上はできても、そんなことをするものは、まずいない。

 一方、議長が消極的であれば、たとえ、数カ国が支持しても、議長は、すぐには取り上げずに後回しにし、挙句の果ては、時間切れで無視することができる。

 ベテランは、どのような発言内容ならセカンドがなくても、議長がすぐ取り上げるか経験で分かるので、よほどの難しい案件以外は、他の人に支持を頼んだりはしない。また、議長も、このような人の提案は、セカンドなしに取り上げて議事をどんどん進める。

 議長のこの絶大なパワーを規制するのが議事規則であり、議事手続きを駆使して議長を困らす「うるさがた」には、議長も甘くならざるを得ない。

 このように会議は、議長の采配によって進められるので、議長がどのような采配振りをするか見定め、議事の進行を予測し、予想される状況に応じた戦略を立てならない。

 少数派にも十分な発言機会を与え、丁寧に議事を進め、議長自ら妥協案を示すなど、合意の形成に努め、定められた期間内に議事を完了させれば、議長の役割を全うすることになる。このようなことができる人は、いわば議長の鑑のような人であり、極めて珍しい。議長が、このように有能であれば、代表団は、たいへん楽である。

 一方、少数意見を、大胆に無視をし、議事の敏速な進行に気を使いすぎる議長もいる。このような議長の場合は、効率的な議事が期待できるので、事務局からは喜ばれるが、少数派からは、不満が出て、時には爆発することもある。このような議長の下せは、少数派は、一致団結して、強力に発言を繰り返さなければ大変不利になる。

 また、まったく無責任な議長もいて、議事をまとめようとはせず、最後は時間切れで、何も決まらずに終了しても平気でいるケースもある。また、無能力な議長もいて、発言要求を整理することができず、順番に発言させるだけで、議事が混乱してしまうことも多い。

 このように、議長の性格や、能力によって、議事の進展は大きく左右されるので、議長の品定めをして早めに対策を打たなければならない。いずれにしても、議長の権限が絶大であり、議長の理解なしには、目的が達成できない。 

 議長の采配ぶりは、会議出席者の誰にでも理解できるが、往々にして、議長に対する不満ばかりを言って、対策を打てないのが、日本代表団の通例である。それは、代表団に他国の代表と一緒に、議長対策をやれる顔と経験のある団員が少ないからである。

 

会議の流れの把握

 大きな国際会議には、会議スケジュールがあり、何がいつごろ議論されるか予定が、運営委員会で作られる。議長や事務局は、この予定に従うよう努力し、会議が遅れないようにする。各国代表への根回しや、発言の準備などのために、この会議のスケジュールを把握することはとても重要である。

 会議のスケジュールだけではなく、懸案の案件が、議場外でどのような交渉を経て、決着をするのかという予想も大事である。このようなことは、十分な記録もなく、同様の会議に出席した経験者に聞く以外に知る手立てがない。また、電波の割り当て会議(世界電波会議、何千人もの参加者が、何千項目もの提案を数週間議論して電波の割り当てを行う)などの大会議では、その出席者も、全体の流れを知ることが難しく、よほどの経験者でなければ、全体の状況を理解することができない。

 密接に会議をサポートしている事務局側でも、毎朝、スタッフ会議をし、それぞれの小会議の担当者から情報を集め、情報交換をしあって、全体の流れを把握する必要がある。会議を影でまわしている事務局でもこのようなことだから、ましてや、一代表として出席している人は、良く分かっているはずがない。私は、まさに「仁和寺にある和尚」となっているケースを多く見てきた。

 

度胸

 会議で発言することには、度胸と慣れが必要である。ITU事務総局長として、壇上で会議のサポートをした私は、どんな質問にも即座に答え、横から、会議がスムーズに運営できるよう議長を助けることが仕事であった。しかし、30年前、同じ会議で、日本代表の一人として始めて発言したときは、発言の後、頭の中が真っ白になり、数分間は議論をフォローすることができなかった。

  どんな人も、大会議でマイクを独占し、何百人もの人を相手に、英語で発言することは、緊張せざるを得ない。これは、慣れる以外には、解決方法がない。

 発言の際は、必ず要点をメモっておくべきである。英語やフランス語を母国語にする人たちでも、上手な説得力ある発言をするには、皆、十分な準備をしてメモを見ながら発言をしている。ましてや、会議になれず、また、英語が母国語でない日本人がメモも用意せず発言するのは、まったく暴論である。

 日本人は、淡白であるから、自分の意見を執拗に主張することはしない。しかし、国際会議では、あきれるほど執拗に意見を主張するものがいる。たった一人でも、繰り返し意見を主張すると、案外、多数決の原則に反して、その意見が採用されるものである。コンセンサス主義の悪用であるが、これが結構通用するのである。

 私は、たった一人で、大きく会議の方向を変えた例を、数多く見てきた。その多くは、いわゆる顔役の人たちであるが、稀に、初めて会議に出席したものでも執拗に発言し、顔役たちから「モンスター」とあだ名されたものもいた。このような才能に恵まれた人物が、世界には、結構たくさんいるものである。日本人の淡白さは、世界最高水準だから、国際社会の中では、自分は偏執狂ではないかと思うぐらい主張したらちょうど良いぐらいである。

 

議場外の交渉

 国際会議も、フォーマルな会議の席で意思決定がなされる場合もあるし、インフォーマルな議場外で重要なことが決定される場合もある。注意しなければならないことは、インフォーマルな集まりから疎外されないことである。特に欧米の人たちは、横のつながりがあり、また、多くの場合、地域グループを作っていて、何かと相談して物事を運ぶ。中でもEUの発達によってEU諸国は、すべてのことに、相談して決める。

 日本は、当然、開発途上国の仲間には入れないが、欧米の先進国の集まりにおいても異分子、また、いろんな開発レベルの国でできているアジア諸国は、もともと集まりにくい。そのような状況の中で、日本は、努力しない限り、重要なことが決まるインフォーマルな集まりから疎外されることになる。

 常にアンテナを高くして、これらの動きをキャッチすることが大事だが、更に一歩進め、顔役を養成し、自らがインフォーマルな会合を主催できるようにならなければ主張を通すことができない。

 政府が外交の場で「プレゼンスがなかった」とか、「イニシアティブを取れなかった」という批評が、新聞等にでるが、そのような批評は、まるきり的外れである。要は、日本の主張を通せたかどうかである。日本の主張を通すためには、会議のなかで、あらゆる手段を用いて、同調者を増やし、少しでも有利な妥協点を見出すことであり、そのためには、議場内だけではなく、議場外の活動が重要である。それらは、目に付く活動もあれば、密かに行うものもある。

 そのためにも、顔役になる必要がある。

 

はじめに

1 基礎的なプロトコール

挨拶

レディーズ・ファースト

敬称

序列

上位席

座席配置

レセプション

ディナー

テーブル・プラン

ビジネス・レター

レセプションで成功 の秘訣

2 プレゼンテーションの基本

スピーチ

原稿作成の秘訣

アイ・コンタクト

パワーポイントの使い方

 国際会議出席

会議の種類

議事規則の基本

会議用語


会議 成功の秘訣

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